「担任教諭の入学式欠席問題 公と個、浮かぶ本質論」について思うこと

ipnetj   2014/04/21   「担任教諭の入学式欠席問題 公と個、浮かぶ本質論」について思うこと はコメントを受け付けていません。

最近新聞に教員について下記のような記事があった。(産経新聞)
「公と個、浮かぶ本質論
自分が担任する新1年生と長男の入学式、どちらを選ぶのか-。日程が重なった入学式で、埼玉県立高校の女性教諭は長男の入学式を優先した。「職責」を問う声と「事情」を理解する声。女性教諭の判断をめぐり、寄せられる意見の賛否は割れている。「教職員のあるべき姿とは何か」。議論を呼んだ教諭の行動は、教育者の本質を改めて問いかける契機ともなったようだ。」(産経新聞)

様々な意見があったようだ。この問題、私が思うに一番の問題は校長の配置決めの際に1年と分かっていた担任をつけたことに起因すると思う。もちろん担任も休暇届を出してわが子の状況を話していたのですから、大切な入学式に担任がいないことの重大性は認識していたはずである。
教員は聖職者であると同時に公務員としての雇用契約に基づく従業員であり、年休は法的にも保障されており教委も校長も合法的な休暇に口出しはできない。
そうするとこの問題は、校長の人事の際の配慮に欠けることと、教育委員会に苦情を申し立てた保護者に問題があったということになる。その申し立てに毅然と教育委員会が対応したかも問題である。
産経新聞の調査では、担任の行為を肯定的にとらえた意見は68件に上ったのに対し、校長・教育長に対する批判は48件。担任に対する批判は、38件でした。

私にはこの記事はこう映る。担任は合法的な休暇を取り、しかも当日参加できないことを文章まで作成し理解を求めるという誠意を見せている。それに対しこのような申し立てをする保護者の度量のなさ、その申し立てに毅然と対応できない教育委員会の態度、そして校長の配慮のない人事。
最近は学校や担任に理不尽な要求を突きつける保護者が増えたというが、その割に平日授業を、「ディズニーランドに行くから」「海外旅行に行くから」平気でいう保護者もいる。その理由は平日はすいているとか安いから。そして何よりも子どもとのふれあいという大義名分を振りかざしてくる。保護者も学校との付き合い方を考える必要があると思う。

以下産経新聞ニュースの続きの全文
■不在をわびる文書

「ご子息の入学式のため欠席です」。今月8日、埼玉県西部の高校入学式の一幕。校長は担任紹介で、新1年生を受け持つ50代の女性教諭について、生徒や保護者にこう紹介した。

女性教諭は別の高校に進学した長男の入学式に出席するため、休暇届を提出していた。《大切な日に担任として皆さんに会うことができないことをおわびします》。あらかじめ作成された不在をわびる文書が生徒や保護者たちに配られた。

この日のうちに、欠席を問題視する匿名の電話が県教育委員会に寄せられる。県教委の確認で、子供の入学式に出席するため高校の新1年生の入学式を欠席した担任が県内にほかに3人いたことも分かった。

「悪意の行動ではない。女性教諭も息子さんもショックを受けたようだ」。この件が報道されると、ある県教委関係者は戸惑いを隠せなかった。県教委には15日までに147件の意見がメールなどで寄せられ、そのうち校長や教諭への批判が計82件、教諭の行動に理解を示す内容が65件となった。また、ネット上でも賛否が拮抗(きっこう)する状況で、盛んに意見が交わされた。

■にじむ複雑な心情

「新入生や保護者に心配や不安を抱かせて申し訳ない」。事態が発覚した後の14日、定例記者会見で見解を問われた関根郁夫県教育長は冒頭で謝罪しつつ、複雑な心情をにじませた。

11日の県立高校長会でも生徒や保護者に対して“配慮”するよう、各校長に促した関根教育長。会見では「入学式は優先順位が高い。教員は基本的に出席する」と断言しつつも「理由を明示して休暇を届け出た。それぞれに事情がある」などと慎重な言い回しで理解を示した。

ただ、自身の立場に置き換え判断を問われると、自らの現役教諭時代を振り返り「私の時は子供の入学式には行かなかった。体育祭、文化祭もほとんど行かなかった」と話し、こう続けた。「時代も少し変わってくる。親や若い先生の意識も変わってきている。どちらが良い、悪いというのではない」。必要な手続きが踏まれており、県教委は処分や配置換えはせず、校長による学校運営を尊重して指針なども示さない考えだ。

■賛否分かれる識者

識者はどう見るのか。「『聖職性』の高い教職員として、あり得ない行動。上司の管理者としての責任、意識も問われる」と厳しく断じるのは教育評論家の尾木直樹氏だ。「息子さんを第一に取り、職業人ではなく母親の行動を取った。単純な学力ではなく、人間教育も求められるのが教職。子供たちへの職責に反している」

社会のさまざまな場面で学ぶ機会が増え、「学校の価値が相対的に落ちた」とも分析する尾木氏は「世間の『認識』に甘え、教師自ら乗ってしまうようでは、さらに信頼を失う」と懸念。「職責に真正面から向き合うのが教職。先生が尊敬を受けてきた理由について思いをいたさないとならない」と力を込めた。

一方、「白黒つけるのは難しい」と話すのは、企業などでワークライフバランスに関する研修などを行うwiwiw(ウィウィ)社の山極清子社長執行役員。「個人を大切にすれば、ほかでもない息子の入学式に出席した教諭の選択も理解はできる。しかし、生徒さんから見ると担任はその先生しかいない。個か公か、その人の価値観を否定するのは難しい」

山極氏は学校行事に母親が出席する「伝統」が残る側面も指摘。「父親の育児参加が増えてきた現代でも入学式のために会社を休むのは難しいのが現実。この一件は日本の働き方、生き方に関するいろいろな課題を含んでいる」と語った。

■最大40日 教員にも年休制度

埼玉県教育委員会によると、教員には一般的な会社員と同じように、年次休暇の制度が設けられている。毎年20日が与えられ、未消化の分は繰り越されるため、最大40日の年休を取ることができる。

通常、年休を取得する場合は教員が「休暇届」を出して受理される。これに対し、病気や忌引など特別な理由で欠席する場合は、理由を添えて「休暇願」を願い出る。

女性教諭のケースでは入学式前の今月、年休として休暇届が提出された。本来は年休の理由は問われないが、入学式という特別な式典だったため女性教諭は3月、学年主任を通して校長に欠席を相談。話し合いの結果、休暇が認められた。

関根郁夫県教育長は「入学式の出会いは一番大事な行事。休暇届の受理はそれを踏まえた判断だったはず。それならば、より一層きちんとフォローすべきではなかったのか」と対応の不行き届きを指摘した。