11/03/24津波被害の亘理町へ

ipnetj   2011/03/24   11/03/24津波被害の亘理町へ はコメントを受け付けていません。

IMG_0213ss津波被害の亘理町へ
今日は亘理町と多賀城市を回る予定で朝6時から動きました。亘理、山元町にはスクールインタープリターが3人おられ、ふたりと連絡がついていません。もうお一人もお身内の方がまだ見つかっていないようです。
1日4便しかなく、ガソリンスタンド待ち渋滞で時間通り行きませんでした。亘理町についたら後の移動は自分の足しかありません。ボランテイアセンターを目指してただひたすらに歩くのみです。町はのどかで一見して地震があったの?という感じ。津波が来たところとそうでないところでぜんぜん違います。一見そのように見えても瓦や壁が落ちた家ががありました。また、水道は出ているそうですが飲料に使えないと水だけは汲みに行かれているそうでした。

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全国から消防隊・亘理町
途中、消防署には、全国から数十台の消防車が終結。捜索に来られているとおっしゃっていました。亘理町の海側は壊滅的で2700人の方が小中高の学校に分散して避難されていました。34000人弱の人口の一割近い人たちが避難所暮らしをされています。

ボランティアセンターへ
30分ほど歩いてようやくボランティアセンターにつきました。
お会いし説明した、責任者の方が子どもを持つ若いお母さんでもあり、(社)IPNET-Jのできることの趣旨をすぐに理解くださり各避難所に連絡してくださることになりました。すぐそばの高校の避難所でニーズ調査を許可くださいました。
避難所には保母さんもスタッフとしておられますが、保育所が開園するとそちらに移られます。
避難所も学校や保育園が再開されていくと統廃合や移動が始まりますます被災者の方々の不安な生活が続くでしょう。
私たちに出来ること、何かの応援になるよう体制を作って行きたいと思います。

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避難所へ・亘理町
避難所は、6箇所あり500人から800人規模の避難所が半分もあります。
物資は、豊富になってきたようで、布団なども増え暖かく少しは出来るようですが、それでもまだまだ大変な避難所生活を送られています。。
女性スタッフが多いせいか、すごしやすいきめ細かな配慮を感じました。
何か暖かさを感じさせてくれました。
しかし、宮城北部の町そのものが壊滅したところや福島ではいまだに食べ物すら事欠く状態で避難所の格差がが気がかりですし、津波被害を受けなかった方との大きな違いが、今後の復興に課題を残すように思いました。今は皆助け合っていますが、そのうちだんだん避難所も縮小になり一番弱い人たちが、残っていくことになったら、精神的にも大変になると心痛くなります。
阪神大震災より大幅に遅れている復興支援。出来ることやっていこうと思いました。

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避難所のキッズコーナー・亘理町
体育館の隅にキッズコーナーを設け子ども達のために絵本やビデオ上映をしていました。
こういうコーナーが発案できるのは保母さんのスタッフがおられたからかなと思います。
保母さんスタッフがとても親切な方で、私たちの仲間の名や住所を伝えると地図や避難所台帳で調べてくださいました。
結局見つかりませんでしたが、その場所がかなりの津波被害のところであることだけはわかりました。
この避難所は、女性スタッフが多いようで隅々に暖かさを感じました。
本当にお疲れ様です。何かこっちが励まされたように思います。

午後から多賀城市へ
亘理町から仙台に戻ったのは2時15分ごろ。
多賀城市行きのバスが出たところでした。1時間待ちました。そのとき仙台在住のスクールインタープリター仲間から、午後は寒くなるとメールいただきました。地震後はガソリンの要らない省エネの自転車通勤をされているそうです。
ちょうど寒くなり多賀城市のボランティアセンター開場時間に間に合うかと不安なときにとても心温まるメールで元気が出ました。ありがとうございます。
バスの途中、国道にまで津波が押し寄せたそうで両脇に壊れた車が並び事故かと思いましたが、津波でした。今まで、テレビに出てくるような洪水後の被災地には行きませんでしたがこんなところを通るとは思いませんでした。悲惨そのものです。
午後5時を回って多賀城市の災害ボランティアセンターに着きましたが、きちんと対応くださり感謝です。
その方は、岡山のゆうあいセンターから派遣で来られ、今度の岡山スクールインタープリター養成講座の際にひょっとしたらお会いできるかもと話になってしまいました。そのとき長く続く余震があり、そのうち強くなりヘルメットを渡されました。3階建てのビルが揺れました。
理解やイメージ力がある方で早々、明日からのニーズ調査の際に情報提供してくださることになりました。

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その後市民ホールの避難所に・多賀城市
この避難所は600人ほどおられ、来週にはもう100人増えるとか。市全体で6000人が避難されているそうです。
この避難所は、テレビで有名な子どもスタッフが受付に座って案内してくださいました。いったときNHKの取材を受けていました。
館長にご挨拶し、子どもルームを見せていただきました。館長は地震以来、不眠不休で避難所の運営にかかわってこられました。
子どもルームへの案内はもちろん受付の子どもスタッフです。
東北学院大学のボランティア兄ちゃんも顔負けの別の子どもスタッフでアトラクションのチラシ作りをしていました。
皆明るく、学生スタッフを皆で楽しくイチビッテいました。ついつい楽しく30分ほど話し込んで遊んでしまいました。
大阪弁を一つ「まいどおおきに」を教えてきました。
帰りのバスの時間があったので帰りましたが、東北の多賀城市の子どもスタッフは、日本のみんなに元気をくれているように思いました。
ありがとう。
まだまだ物資も足らず大変な暮らしを送られています。さらには支援の届かないところがたくさんあると聞きます。心痛みます。
今回の、活動は災害ボランテイアでなく組織として活動する環境整備のための情報提供でしたが、元気をもらったのはこちらでした。
行ってよかった、感動しました。このことを機会に暮らしを見直し新しい国づくりにつなげられたらと思いました。
ありがとう。東北の皆さん、東北の子ども達。

PS
これから、夜行バスの富山経由で明日夜大阪に着く予定です。
行きは簡単に段取りできましたが、帰り便が取れず変則的な順路での帰路になりました。