11/03/23仙台市内の災害ボランティアセンターと避難場所

ipnetj   2011/03/23   11/03/23仙台市内の災害ボランティアセンターと避難場所 はコメントを受け付けていません。

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物資不足に長蛇の列。考えよう僕らの買占め。
仙台へは、北陸から山形経由で入りました。
途中、すごい雪です。テレビの報道では寒さまで伝わってません。山形でもガソリンスタンドに早朝から長蛇の列です。暖房の燃料もまだまだのようで被災者の様子が思いやらます。
仙台は、雪もなく、暖かでした。仙台の駅周辺は何もなかったような感じです。でも、スーパーやコンビニは、大勢並び買える品数まで制限されています。私は地元の商品には手をださないつもりで食料、水(飲用以外の手洗いも)は全て持参し、ゴミも持ち帰りるつもりです。東京や関西で買い占めているのは、どうかなと思います。

We are with Touhoku  people!!

仙台駅は全面閉鎖
仙台駅は、新幹線も在来線も何も動いていません。駅も被災したようで4年前にスクールインタープリター養成講座で訪れたときの賑わいや牛タンのおいしそうなにおいもありません。近くのボランティアセンター(30分程度のところ)へは歩いて回るようにしました。
仙台ボランテイアセンターへ行く途中に道を聞いたおばさん二人が、大阪から来たと聞いて、わざわざセンターまで案内してくださり地震当日の様子が聞けました。今の仙台の中心部は、元に戻りつつあるようです。初めは停電断水で避難されていたそうですが、復旧に伴い家に帰られたそうで、海岸に近いところはたいへんだとおっしゃっていました。
仙台の駅周辺は、仕事も動きだし、お店もぼちぼちと開きだしました。でもコンビニなどでは閉店しているところが多いように思いました。

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ボランティアセンターへ
ちょっと驚きですが、社会福祉協議会のボランティアセンターが機能しているのに対し市民活動サポートセンターやNPOセンターは、ボランティアの賑わいがありません。本来ボランティアが通常、最も集まるところがNPOセンターのはずです。何か理由があるのかなと思いますしこういう場合のシュミレーションがなかったのかもしれませんね。
他府県では今から、多くの社協とボラセンとの関係や連携をシュミレーションしていく必要があるのではないかともいます。
初めに行ったのは、仙台市全体の災害ボランティアセンターでした。
多くのボランティアがおられ、ある程度の決定権を持って対応くださいました。忙しいだろうと事前に文章を用意したのがよかった様です。
被災地の後片付けなど一般ボランティアは、まだ募集できないのと衛生上の問題で入れないが、いざとなれば力を提供してくれる人はいくらでも集まるとのことで様子見段階です。(社)IPNET-Jは、避難所の子ども達を一時保育することで親が動けたりほっとする時間が作れたらと提案し、子ども達には保育を通じて自然体験によるSIP活動で心のケアーができることを伝えました。
責任者の方ともう一人が対応くださり、たまたま今日からそういう専門性を持つ団体のボランティア派遣を求めだしたところとグッドタイミングだったようです。ボランティアの保険は仙台市の社協が無料で入ってくれるそうで、子ども達への保険はこちらもちで行うことになります。
その後仙台市の4区のボランティアセンターを回ろうと思いましたが、各センターが熱心に聴いてくださり時間がかかって全部で3つしか回れませんでした。こちらとしては現地は混乱しており5分も時間がいただけたらと思って計画していたからです。

避難所の小学校へ
皆さん、避難所というとテレビに出てくる被災地とダブって思われるかもしれませんが、阪神大震災と違うのは、阪神は被災地に避難所やボランティアの拠点がありましたが、若林区の海岸付近は、津波で何もなくなり危険から海岸より奥に避難所があり、ここの回りは仙台駅周辺と同じように一見普通の状態のように感じます。
地震直後は停電と断水で周辺からの避難者で600人ほどおられたようです。
しかし電気や水道が復旧すると皆さん自宅に戻られ今は海岸近くで流された40人ほどが避難されていました。
物資も周辺の方々が持ってきてくれてたり、お風呂を提供されたりと助け合っておられます。
ほとんどの方が高齢で若い家族もおられました。二組の家族の方からお話を聞くこともできました。
一人の幼児は、大きなドラえもんのぬいぐるみを抱えていました。子ども達は外で皆遊んでいる様子ですが、多くの人は毛布にうずくまりテレビを見てごろごろしている状態です。
仙台市の職員の話では、後2週間ぐらいで避難所を統合し、学校を再開したいそうです。
たくさんいた人たちも引いていき、避難所も統廃合で追い出されだんだん寂しい気持ちになっていきそうでなんともいえませんでした。

被災場所にもよるのかもしれませんが、いまだに物資が無いようなところとはイメージが違います。でも大変な避難所暮らしに変わりはありません。避難所を一歩出ると普通の暮らしが広がっているようにみえまいた。

写真は避難所で遊ぶ子ども達です。奥が避難場所の小学校です。
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IMG_hukugou_ss明日は市外の被害の大きいところへ
明日は、どれだけいけるかわかりませんが、多賀城市、亘理町、岩沼など海岸沿いの被害の大きな町へ行く予定です。
どれだけいけるかわかりませんが、いける限りまわり続けたいです。

写真は、ひっそりした避難所、復旧していない郵便、スーパーでの入場制限、避難場所の小学校で遊ぶ子ども達。

初めは、600人ほど来られていても電気や水道が復旧するにつれ家に戻られ、本当に津波に流され被害の多い人たちが取り残されていきます。避難所も統廃合され、精神的にも不安定になるのではないかと思うとつらいです。若林区では避難所を早速紹介くださり古城小学校を訪れました。

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